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新たなる始まり [結婚生活]
今日は朝から病院へ出掛けました。
先日行った体外受精の判定日でした。
結果は予想通りの陰性でした。
駄目だろうという気持ちが99%だったので、先生から結果を話されても冷静に受け止めることが出来ました。待ち時間がやたらと長くて、それのほうが苦痛でした。
夫とは、今回駄目だったら、次の周期も挑戦しようかと事前に話していました。
先生からは、「休むのも、次にまた挑戦するのも、おうちでゆっくり考えて来てください」と言われました。
まだ月経は始まっていませんが、治療を再開するとなれば、月経が始まったら3日以内に通院を始めなければならないので、穏やかに考える時間はなさそうです。
予想以上に、身体やメンタルへの負担が大きかったなと、振り返って思います。
これから先どうするかは自分たち次第ですから。
決して無理はしないようにと言い聞かせています。
結果ばかりを焦っても仕方ないですよね。
とにかくいまは飽きるほど寝たいです。
今日はお風呂も早めに入りたいと思います。
新しく始まっていく明日のために、いまは少しだけわがままになろうかなと思います。
先日行った体外受精の判定日でした。
結果は予想通りの陰性でした。
駄目だろうという気持ちが99%だったので、先生から結果を話されても冷静に受け止めることが出来ました。待ち時間がやたらと長くて、それのほうが苦痛でした。
夫とは、今回駄目だったら、次の周期も挑戦しようかと事前に話していました。
先生からは、「休むのも、次にまた挑戦するのも、おうちでゆっくり考えて来てください」と言われました。
まだ月経は始まっていませんが、治療を再開するとなれば、月経が始まったら3日以内に通院を始めなければならないので、穏やかに考える時間はなさそうです。
予想以上に、身体やメンタルへの負担が大きかったなと、振り返って思います。
これから先どうするかは自分たち次第ですから。
決して無理はしないようにと言い聞かせています。
結果ばかりを焦っても仕方ないですよね。
とにかくいまは飽きるほど寝たいです。
今日はお風呂も早めに入りたいと思います。
新しく始まっていく明日のために、いまは少しだけわがままになろうかなと思います。
眠気、常に眠気 [結婚生活]
川崎から帰って来て数日経ちましたが、一向に疲れが取れません。
結局、
3日:甥のお節句の会(しゃぶしゃぶをたらふく食べる)
4日:横浜百貨店巡り
5日:銀座ぶらり旅
というような感じで過ごしておりました。
日曜は少しゆっくり出来ました。
昨日今日は、実家に泊まりに行っていました。
1時間ぐらい運転しているので、運転が嫌いなわたしには厳しいです。
明日は少しはだらだら出来るでしょうか。
金曜はいよいよ妊娠判定日です。朝からです。
毎日毎日眠いです。
そのお陰か、最近寝付きがいいように感じます。
今日は精神科の受診日でした。妊娠希望ということもあり、薬がまた減りました。
だいぶ薬に頼らない生活になってきましたが、いまは婦人科の薬も朝・昼・夕と飲んでいるので、全体的には薬漬けの日々です。
既に予告してしまいますが、今回はどうやら妊娠していないようです。
まだ血液検査まではわかりませんが、感度の良い妊娠検査薬でチェックしてみたらはっきりとした陰性でした。
なにがいけないのでしょうね。
立ち直れないほどのダメージなどは、まったく受けていませんのでご安心ください。
やっぱりな〜という感じです。
まだ始まったばかり。
これから先のことを考えると、ちょっと辛くもなりますけれどね。
通院がとにかく大変><
なんだか、何をやってもわたしは妊娠しないような気もしています。
そういう予感もします。
妊娠出来なかったのは仕方ないのですが、確かに受精して分割していた卵が、わたしのお腹の中で消えてしまったであろうことが悲しいです。
しっかりこの目で見た命の細胞。
どこに行ってしまったのだろう。
わたしのお腹の中でなければ、そのまま育って大きくなって、ひとの形をして生まれてきたのだろうか。
あの卵の遺伝子は、男の子だったのだろうか、女の子だったのだろうか。
どんな顔になっただろう。
夫に似ていただろうか。
治療を続ける限り、次へ次へと卵を育てていくわけです。
そのときに育っていく卵に望みをかけるだけかもしれませんが、わたしはあの子の存在を決して忘れない。
そう思っています。
さて。
7月に夫の出張にくっついて、札幌へ遊びに行くこととなりました。
本当は夫一人で行く予定でしたけれど、その日程の中にちょうどわたしの誕生日があり、夫はわたし一人で置いていくことを可哀想だと思ったのだと思います。
誕生日プレゼントとして連れて行ってもらいます。
もちろん夫の仕事中は、わたしは一人行動です。
北海道生まれとはいえ、北海道に行くこと自体もう5年振りぐらいなので、とても楽しみです^^
ジンギスカンを食べ、ルタオのチーズケーキを買い、ロイズのチョコも食べたいし、六花亭のバターサンドも魅力的♪あ、忘れずにじゃがポックルも買ってこなくちゃ。
食べ物ばっかり……。
夢は膨らむばかりです。
少し休むことにします。眠いです><
結局、
3日:甥のお節句の会(しゃぶしゃぶをたらふく食べる)
4日:横浜百貨店巡り
5日:銀座ぶらり旅
というような感じで過ごしておりました。
日曜は少しゆっくり出来ました。
昨日今日は、実家に泊まりに行っていました。
1時間ぐらい運転しているので、運転が嫌いなわたしには厳しいです。
明日は少しはだらだら出来るでしょうか。
金曜はいよいよ妊娠判定日です。朝からです。
毎日毎日眠いです。
そのお陰か、最近寝付きがいいように感じます。
今日は精神科の受診日でした。妊娠希望ということもあり、薬がまた減りました。
だいぶ薬に頼らない生活になってきましたが、いまは婦人科の薬も朝・昼・夕と飲んでいるので、全体的には薬漬けの日々です。
既に予告してしまいますが、今回はどうやら妊娠していないようです。
まだ血液検査まではわかりませんが、感度の良い妊娠検査薬でチェックしてみたらはっきりとした陰性でした。
なにがいけないのでしょうね。
立ち直れないほどのダメージなどは、まったく受けていませんのでご安心ください。
やっぱりな〜という感じです。
まだ始まったばかり。
これから先のことを考えると、ちょっと辛くもなりますけれどね。
通院がとにかく大変><
なんだか、何をやってもわたしは妊娠しないような気もしています。
そういう予感もします。
妊娠出来なかったのは仕方ないのですが、確かに受精して分割していた卵が、わたしのお腹の中で消えてしまったであろうことが悲しいです。
しっかりこの目で見た命の細胞。
どこに行ってしまったのだろう。
わたしのお腹の中でなければ、そのまま育って大きくなって、ひとの形をして生まれてきたのだろうか。
あの卵の遺伝子は、男の子だったのだろうか、女の子だったのだろうか。
どんな顔になっただろう。
夫に似ていただろうか。
治療を続ける限り、次へ次へと卵を育てていくわけです。
そのときに育っていく卵に望みをかけるだけかもしれませんが、わたしはあの子の存在を決して忘れない。
そう思っています。
さて。
7月に夫の出張にくっついて、札幌へ遊びに行くこととなりました。
本当は夫一人で行く予定でしたけれど、その日程の中にちょうどわたしの誕生日があり、夫はわたし一人で置いていくことを可哀想だと思ったのだと思います。
誕生日プレゼントとして連れて行ってもらいます。
もちろん夫の仕事中は、わたしは一人行動です。
北海道生まれとはいえ、北海道に行くこと自体もう5年振りぐらいなので、とても楽しみです^^
ジンギスカンを食べ、ルタオのチーズケーキを買い、ロイズのチョコも食べたいし、六花亭のバターサンドも魅力的♪あ、忘れずにじゃがポックルも買ってこなくちゃ。
食べ物ばっかり……。
夢は膨らむばかりです。
少し休むことにします。眠いです><
神奈川なう [旅]
皆様こんばんは。
神奈川県より、慣れないiPadから記事を書いてます。
今日まで降っていた雨も明日にはやみ、明日も楽しくお出掛け出来そうです。
明日は願望が叶い、横浜高島屋へ行って来ます。
今日は甥っ子の初節句のお祝いで、わたしたち夫婦も呼ばれ参加してきました。
おばあちゃんと義父母と、義弟夫婦、甥、義妹の父母、合計10人での豪華な食事会でした。
もちろん甥っ子が主役ですから、子ナシのわたしたち夫婦は、皆が甥に注目して一喜一憂しているのを少し遠目から見ているだけでした。
両家にとっての初孫は、可愛くて仕方がない様子でした。
なんだか、楽しかったけれど、心のどこかで苦痛でした。
誰のことも嫌いではないけれど、
なんというのでしょうね……。
もちろん義父母は、わたしたちが不妊治療をしていることを知っているわけですから、子供が出来ない辛さを理解はしてくれていると思うのです。
だけど、どんな境遇に置かれたら辛くなるかまでは、残念ながら理解していただけてないのかもしれません。
自分の一方的な感情だけを、他人に押し付けるつもりはありません。
完全に理解して欲しいなんて、単なるエゴです。
察してもらえれば、そりゃあ楽でしょう。
でも、皆が喜んでいるのだから、水をさすような感情を表には出したくありませんでした。
我慢です。
明日は楽しんできます。
ちなみに今夜は、夫は同窓会なので午前様でしょう。
先に寝ますよ~。
神奈川県より、慣れないiPadから記事を書いてます。
今日まで降っていた雨も明日にはやみ、明日も楽しくお出掛け出来そうです。
明日は願望が叶い、横浜高島屋へ行って来ます。
今日は甥っ子の初節句のお祝いで、わたしたち夫婦も呼ばれ参加してきました。
おばあちゃんと義父母と、義弟夫婦、甥、義妹の父母、合計10人での豪華な食事会でした。
もちろん甥っ子が主役ですから、子ナシのわたしたち夫婦は、皆が甥に注目して一喜一憂しているのを少し遠目から見ているだけでした。
両家にとっての初孫は、可愛くて仕方がない様子でした。
なんだか、楽しかったけれど、心のどこかで苦痛でした。
誰のことも嫌いではないけれど、
なんというのでしょうね……。
もちろん義父母は、わたしたちが不妊治療をしていることを知っているわけですから、子供が出来ない辛さを理解はしてくれていると思うのです。
だけど、どんな境遇に置かれたら辛くなるかまでは、残念ながら理解していただけてないのかもしれません。
自分の一方的な感情だけを、他人に押し付けるつもりはありません。
完全に理解して欲しいなんて、単なるエゴです。
察してもらえれば、そりゃあ楽でしょう。
でも、皆が喜んでいるのだから、水をさすような感情を表には出したくありませんでした。
我慢です。
明日は楽しんできます。
ちなみに今夜は、夫は同窓会なので午前様でしょう。
先に寝ますよ~。
あいにくの雨 [旅]
元気、元気! [夫婦のこと]
日付変わりましたので昨日のことになりますが、受精卵を無事移植してきました。
励まして、応援してくださった皆さん、ひとまずまた関門を越えました。
27日に受精した卵は、昨日のお昼には5分割になっていました。
夫は、
「細胞分裂は2・4・8と起こっていくはずなのになんでだ??」
としきりに不思議がっていました。
とにかく細胞は5つになっていました^^;
移植する際に、受精卵の様子をモニターで見せていただきました。
感動しましたね。
なんというか、ひたすら
「すげーすげー」
と思ってしまいました。
自分と夫の遺伝子が、実際に自分の目で見えるのです。
状態はそれなりに良かったようで、素人目から見ても、細胞ってこんなに綺麗なものなんだ……と思えました。
受精卵は小さな管にスルスルと吸い上げられていって、わたしの子宮に置かれました。
本当は、体外受精という方法を取らずに妊娠出来たほうがもちろんいいのです。でも今回の一連の体験はすべて未知の世界で、学べることも多かったです。
……一度目だからこう思うのかもしれません。
結局妊娠出来ず、2度目、3度目に挑戦していくことになったら、精神的にも肉体的にも、もちろん金銭的にも辛くなっていくでしょう。
最終的に妊娠出来ず、子供を諦める日が来るのかもしれません。
そのときはそのときです。
いまは、のんびりゆっくり穏やかに過ごすことにします。
焦らない、焦らない。
病院を出たのは13時過ぎで、お腹が空いたので、帰りにラーメンとチャーハンと餃子を食べてきました(移植前にしきみさんのブログを読ませていただいたら、餃子が食べたくて仕方なくなりました^^;)。とても美味しかったです。食べ過ぎました。
夕方も夫と電器屋に出かけたりと、ごく普通に過ごしました。
そろそろ寝ます。
おやすみなさい。
励まして、応援してくださった皆さん、ひとまずまた関門を越えました。
27日に受精した卵は、昨日のお昼には5分割になっていました。
夫は、
「細胞分裂は2・4・8と起こっていくはずなのになんでだ??」
としきりに不思議がっていました。
とにかく細胞は5つになっていました^^;
移植する際に、受精卵の様子をモニターで見せていただきました。
感動しましたね。
なんというか、ひたすら
「すげーすげー」
と思ってしまいました。
自分と夫の遺伝子が、実際に自分の目で見えるのです。
状態はそれなりに良かったようで、素人目から見ても、細胞ってこんなに綺麗なものなんだ……と思えました。
受精卵は小さな管にスルスルと吸い上げられていって、わたしの子宮に置かれました。
本当は、体外受精という方法を取らずに妊娠出来たほうがもちろんいいのです。でも今回の一連の体験はすべて未知の世界で、学べることも多かったです。
……一度目だからこう思うのかもしれません。
結局妊娠出来ず、2度目、3度目に挑戦していくことになったら、精神的にも肉体的にも、もちろん金銭的にも辛くなっていくでしょう。
最終的に妊娠出来ず、子供を諦める日が来るのかもしれません。
そのときはそのときです。
いまは、のんびりゆっくり穏やかに過ごすことにします。
焦らない、焦らない。
病院を出たのは13時過ぎで、お腹が空いたので、帰りにラーメンとチャーハンと餃子を食べてきました(移植前にしきみさんのブログを読ませていただいたら、餃子が食べたくて仕方なくなりました^^;)。とても美味しかったです。食べ過ぎました。
夕方も夫と電器屋に出かけたりと、ごく普通に過ごしました。
そろそろ寝ます。
おやすみなさい。
己の醜さと闘う、ということ [夫婦のこと]
お昼にクリニックに電話しました。
二つ採れた卵の一つが無事受精したとのことです。あとの一つ、残念です……。
すぐに夫に連絡すると、夫は大変喜んでおりました。
確率の問題だからね、とも言っていました。
明日の朝再度電話をし、分割していたら『初期胚』という状態で子宮に戻します。
毎日毎日障害物競走をしているような感覚です。
一つ飛び越えたら、また次の関門が……。
でも人生って常にそういうものなのでしょう。
お陰さまで、本日体調は絶好調。
調子に乗ってマクドナルドでお昼を食べたら、胃もたれしていますけれど……^^;
その後書店に寄ったり、スーパーで買い物をしたり。
今日はお天気も良いので、外出は気晴らしになりました。
赤ちゃんを待ち望んでいるかたのブログを、ここ1年ちょっとずっと読んでいます。
色んなかたがいらっしゃいます。
何年も待っていてもなかなか出来ないご夫婦。
体外受精に成功して、無事出産されたご夫婦。
早発閉経と言って、卵巣に卵を作る力が無く、外国で卵子提供を受けながら不妊治療をされているご夫婦。
千差万別です。
わたしのことを振り返ると、わたしは2010年の5月に結婚し、その年の9月より子供を望み始めました。
一番最初に思ったのは、
『義父母に孫を抱かせてあげたい!義父母にとって最初の孫を作りたい』
ということでした。
いまはそういう思いより、夫と自分の遺伝子を繋ぎたいという思いのほうが強いですが、わたしたちより1年早く結婚した義弟夫婦との競争意識がかなりありました。
夫は二人兄弟で、弟がいて、義弟夫婦は2009年の5月に結婚しています(ちなみにわたしたち夫婦はその頃はまだ知り合っていませんでした)。
義弟は気さくで大好きなのですが、義妹に対してはどう接してよいかわかりませんでした。
仲良くしようと思い、誕生日プレゼントを贈ったりメールしてみたりしましたが、いまいちどういう子なのかわからなく、わたしの中で彼女に対する取っ付きにくいという思いばかり増えていきました。
コンプレックスがあったんですよね。
わたしは高卒で、一応大手企業に勤めていたという経験はあったとはいえ、心の病を抱えていて、普通の生活はなかなか送れなかった。けれど義妹は私立の音大を出ていて、小学校の先生として働いている。
義父母にとても可愛がられていて、義父母の近くに住んでいる。
義父母は決して差別しなかったし、わたしのこともとても気にかけてくれていましたが、わたしは常に自分の心に醜さを感じていました。
だから義妹より早く子供を作ろうと思ったのだと思います。
しかし。
思い立ったまさにその月に、義妹の妊娠が発覚しました。
頭を鈍器で殴られたような激しいショックを受けました。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
それしか考えられませんでした。
初孫を迎えることになる義父母は、心から喜んでいることでしょう。
勝ち負けではないのに、わたしは負けたと思いました。
義妹が心底憎かったです。
義弟夫婦とは離れて暮らしているので、会う機会など滅多にありませんでしたが、義妹のお腹が目立ち始めた頃、会う機会がありました。
大きくなったお腹を一生懸命撫でている義妹を見ているのが、本当に嫌でした。
目を合わせることも出来なく、話しかけることも出来ませんでした。
ひとつの命が宿っているのに、それを喜べない自分。
自分の中の醜さとの葛藤は、出産の日まで続きました。
昨年の6月、義弟夫婦に待望の第一子が生まれました。
男の子でした。
後から知ったのですが、だいぶ前より性別が判別していたにもかかわらず、出産するまで性別を教えてくれませんでした。
男の子と聞いたとき……。
正直ほっとしたんです。
義父は夫や義弟が生まれるとき、女の子が欲しかったそうです。
女の子が出来たときの名前まで決めていました。
だからもしも女の子が生まれたら、義父の喜びようは想像出来ないぐらいだったと思います。
初孫という地位(というのはおかしいかもしれませんが)を奪われて、その上女の子だったら……。わたしはもっと醜い心を抱いていたでしょう。
男だろうが女だろうが、かけがえのない大切な命には変わりません。
なのにそこにまで競争意識を持っていた自分。
すごく嫌でした。
あれからもうすぐ一年。
不思議といまは、義妹を羨む気持ちも妬む気持ちもありません。
わたしの中にどんな変化が起こったのかは自身ですらよくわかりません。なんというか……自分をそのまま受け入れられたのだと思います。
甥を手放しで可愛がる義父母の姿を見ていると、置いてけぼりにされたようで淋しくなるときもありますが、子供がいるいないが、わたしの根本的な幸・不幸に繋がるとは思っていません。
競争意識もなくなりました。
義妹とは月に数度メールもするし、今年も誕生日プレゼントを買いました。
会話も増えました。
学歴がどうのこうのとか、考えなくなりました。
ひとは。
自分が持っていないもの、自分が得られないものに、憧れを抱いたり嫉妬や妬みを持つものです。
それは自分に自信がないからだと思います。
自分の置かれている立場の中で、自分なりの努力をしていたら、完全に無くならないとはいえ、嫉妬や妬み、恥の意識を忘れられるように感じます。
いまを精一杯生きているかどうか。
自分の運命を受け入れられるかどうか。
もう一年半の間、子供に恵まれないわたしたち夫婦ですが、少なくともわたしは、他人に子供が産まれることや、妊婦さんを見ても、妬ましい気持ちはなくなりました。
なんでなのでしょうね。
甥っ子も可愛いです。
同じ県内に住む実弟にも息子と娘がいますが、分け隔てなく可愛がりたいと思っています。
己の醜さと闘うというのは人生において度々あるもので、それを昇華しているかどうかは、自分の成長具合を知る目安なのかもしれませんね。
まだまだましな人間になれているとは到底思えないですけれど、日々自分と向き合っていきたいです。
結局は、わたしは夫に救われたのかもしれません。
時々憎たらしくなるときもありますが……^^;口が達者なんですもの。
夫を父親にさせてあげたいです。
夫が我が子を胸に抱く姿を想像すると、照れくさいような気持ちもあります。
きっととても幸せな顔をするでしょう。心の底から喜んでくれるでしょう。
明日、無事移植出来ますように。
いま必死に成長しようとしている卵が、男だろうが女だろうが関係ありません。
頑張ってね。
明日待っててね。
二つ採れた卵の一つが無事受精したとのことです。あとの一つ、残念です……。
すぐに夫に連絡すると、夫は大変喜んでおりました。
確率の問題だからね、とも言っていました。
明日の朝再度電話をし、分割していたら『初期胚』という状態で子宮に戻します。
毎日毎日障害物競走をしているような感覚です。
一つ飛び越えたら、また次の関門が……。
でも人生って常にそういうものなのでしょう。
お陰さまで、本日体調は絶好調。
調子に乗ってマクドナルドでお昼を食べたら、胃もたれしていますけれど……^^;
その後書店に寄ったり、スーパーで買い物をしたり。
今日はお天気も良いので、外出は気晴らしになりました。
赤ちゃんを待ち望んでいるかたのブログを、ここ1年ちょっとずっと読んでいます。
色んなかたがいらっしゃいます。
何年も待っていてもなかなか出来ないご夫婦。
体外受精に成功して、無事出産されたご夫婦。
早発閉経と言って、卵巣に卵を作る力が無く、外国で卵子提供を受けながら不妊治療をされているご夫婦。
千差万別です。
わたしのことを振り返ると、わたしは2010年の5月に結婚し、その年の9月より子供を望み始めました。
一番最初に思ったのは、
『義父母に孫を抱かせてあげたい!義父母にとって最初の孫を作りたい』
ということでした。
いまはそういう思いより、夫と自分の遺伝子を繋ぎたいという思いのほうが強いですが、わたしたちより1年早く結婚した義弟夫婦との競争意識がかなりありました。
夫は二人兄弟で、弟がいて、義弟夫婦は2009年の5月に結婚しています(ちなみにわたしたち夫婦はその頃はまだ知り合っていませんでした)。
義弟は気さくで大好きなのですが、義妹に対してはどう接してよいかわかりませんでした。
仲良くしようと思い、誕生日プレゼントを贈ったりメールしてみたりしましたが、いまいちどういう子なのかわからなく、わたしの中で彼女に対する取っ付きにくいという思いばかり増えていきました。
コンプレックスがあったんですよね。
わたしは高卒で、一応大手企業に勤めていたという経験はあったとはいえ、心の病を抱えていて、普通の生活はなかなか送れなかった。けれど義妹は私立の音大を出ていて、小学校の先生として働いている。
義父母にとても可愛がられていて、義父母の近くに住んでいる。
義父母は決して差別しなかったし、わたしのこともとても気にかけてくれていましたが、わたしは常に自分の心に醜さを感じていました。
だから義妹より早く子供を作ろうと思ったのだと思います。
しかし。
思い立ったまさにその月に、義妹の妊娠が発覚しました。
頭を鈍器で殴られたような激しいショックを受けました。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
それしか考えられませんでした。
初孫を迎えることになる義父母は、心から喜んでいることでしょう。
勝ち負けではないのに、わたしは負けたと思いました。
義妹が心底憎かったです。
義弟夫婦とは離れて暮らしているので、会う機会など滅多にありませんでしたが、義妹のお腹が目立ち始めた頃、会う機会がありました。
大きくなったお腹を一生懸命撫でている義妹を見ているのが、本当に嫌でした。
目を合わせることも出来なく、話しかけることも出来ませんでした。
ひとつの命が宿っているのに、それを喜べない自分。
自分の中の醜さとの葛藤は、出産の日まで続きました。
昨年の6月、義弟夫婦に待望の第一子が生まれました。
男の子でした。
後から知ったのですが、だいぶ前より性別が判別していたにもかかわらず、出産するまで性別を教えてくれませんでした。
男の子と聞いたとき……。
正直ほっとしたんです。
義父は夫や義弟が生まれるとき、女の子が欲しかったそうです。
女の子が出来たときの名前まで決めていました。
だからもしも女の子が生まれたら、義父の喜びようは想像出来ないぐらいだったと思います。
初孫という地位(というのはおかしいかもしれませんが)を奪われて、その上女の子だったら……。わたしはもっと醜い心を抱いていたでしょう。
男だろうが女だろうが、かけがえのない大切な命には変わりません。
なのにそこにまで競争意識を持っていた自分。
すごく嫌でした。
あれからもうすぐ一年。
不思議といまは、義妹を羨む気持ちも妬む気持ちもありません。
わたしの中にどんな変化が起こったのかは自身ですらよくわかりません。なんというか……自分をそのまま受け入れられたのだと思います。
甥を手放しで可愛がる義父母の姿を見ていると、置いてけぼりにされたようで淋しくなるときもありますが、子供がいるいないが、わたしの根本的な幸・不幸に繋がるとは思っていません。
競争意識もなくなりました。
義妹とは月に数度メールもするし、今年も誕生日プレゼントを買いました。
会話も増えました。
学歴がどうのこうのとか、考えなくなりました。
ひとは。
自分が持っていないもの、自分が得られないものに、憧れを抱いたり嫉妬や妬みを持つものです。
それは自分に自信がないからだと思います。
自分の置かれている立場の中で、自分なりの努力をしていたら、完全に無くならないとはいえ、嫉妬や妬み、恥の意識を忘れられるように感じます。
いまを精一杯生きているかどうか。
自分の運命を受け入れられるかどうか。
もう一年半の間、子供に恵まれないわたしたち夫婦ですが、少なくともわたしは、他人に子供が産まれることや、妊婦さんを見ても、妬ましい気持ちはなくなりました。
なんでなのでしょうね。
甥っ子も可愛いです。
同じ県内に住む実弟にも息子と娘がいますが、分け隔てなく可愛がりたいと思っています。
己の醜さと闘うというのは人生において度々あるもので、それを昇華しているかどうかは、自分の成長具合を知る目安なのかもしれませんね。
まだまだましな人間になれているとは到底思えないですけれど、日々自分と向き合っていきたいです。
結局は、わたしは夫に救われたのかもしれません。
時々憎たらしくなるときもありますが……^^;口が達者なんですもの。
夫を父親にさせてあげたいです。
夫が我が子を胸に抱く姿を想像すると、照れくさいような気持ちもあります。
きっととても幸せな顔をするでしょう。心の底から喜んでくれるでしょう。
明日、無事移植出来ますように。
いま必死に成長しようとしている卵が、男だろうが女だろうが関係ありません。
頑張ってね。
明日待っててね。
まいりましたよ、まいりました。 [夫婦のこと]
本日午前9時50分頃、無事採卵してきました。
クリニックには9時まで来てくださいと言われていて、10分前には着きました。
到着後、女性だけの部屋に通され、カーテンで仕切られたベットのある個室に通されました。
病衣に着替えて、呼ばれるまでの間ベットの上でケータイをいじって遊んでいました。
夫も同行したのですが、夫は外のイスで待っていて、少し心細かったです。
わたしがベットでごろごろしている間、何人か女性が入って来ました。皆さん採卵です。
9時半を過ぎてから、看護師さんより一人ずつ声がけがありました。
トイレに行って、準備してくださいね。と。
わたしは4、5番目に呼ばれたような気がします。
いよいよ呼ばれて、一応トイレに行って用を足して、髪の毛をネットのような物でまとめて、手術室に進みました。
入り口で何度も氏名を確認され、履物を取り替え、真っ暗な手術室に看護師さんに付き添われ案内されました。
卵子は光に弱いらしいので、手術室の中明かりが少ししかないんです。
おお、とうとうきたか、という感じでビクビクしながら手術台にのぼり、足を開脚させられました。
先生が、
「まずは消毒するよ。緊張しなくていいからね」
この時点で、
(痛い、やめてくれ!!)
と思いましたが、わたしの思いと裏腹にどんどん手術は進んでいきます。
麻酔をかけていないので、痛みはダイレクトに伝わります。
「1、2、3でチクっとするよ」
と言われ、1、2、3で本当にチクッとしました。卵巣に針が刺さった瞬間です。
女性にしかわからないと思いますが、生理痛を鈍くした感じなので、生理痛だと思えば耐えられました。
吸い出された卵胞が、左側の天井付近にあるモニターに映しだされていました。
(あ〜良かった。卵あった。排卵してたらどうしようかと思った……)
少し安心しました。
その後ガーゼをグリグリと入れられ(これもまた痛かった)、身体を起こし下着を付けたあと、手術室の隣にある直接繋がった部屋で、いま採り出された自分の卵胞を見せてもらいました。モニターを拡大したものだったんですけれど。
モヤモヤ〜っとした膜の中に、ポツンと黒い粒が浮かんでいたように思います。
……なんか凄いわ。
……こんな経験なかなか出来ないわ。
……凄いわ。
感動したのと同時に、緊張から解放されたのでしょうか。
なんとわたしはその場で意識を無くしかけ、一人で立っていられなくなりました。
身体中から力が抜けて、手足からさーっと血の気が引いていくのがわかり、
先生の、
「車椅子持って来て!!」
という声の後は覚えていません。
看護師さんに寄りかかってしまって、呼吸も辛くなるは目を開けていられないはで、その後どうやってリカバリールームまで移動したのかよく覚えていないほどです。
先ほど着替えた部屋とは違う部屋に連れて行かれたみたいで、柵のあるベッドに足を高くして寝かされました。
血圧や脈を何度も計られ、意識が安定するまで、先生も二度も来てくださいました。
呼吸が落ち着かなかったので、鼻にチューブをつけ、酸素まで吸いました。
その間夫に連絡するすべはなく、待たせるのが申し訳ないなとずっと考えていました。
ちなみにわたしの卵子が無事採れた後、夫は『採精室』という部屋に通され、一人で頑張りました。こういうこと嫌がる旦那さんもいるだろうなと思いましたが、夫はどこまでも協力的でした。
普通は1時間ぐらい横になってから帰るそうですが、わたしは結局2時間半ぐらい寝かされていたみたいです。その日一番最後まで居残っていたようです。
帰る準備をしても足下がフラフラしていて、とにかくしんどかったです。
部屋を後にすると、ナースセンターの前に夫が座っていて、わたしが遅かったので少し暇を持て余していたのか若干顔が引きつっていました。
「倒れたんだよ。参ったよ」
と言うと、まさかそこまでなっていたとは知らなかったようで、びっくりしていました。
そのときもまだ顔色が真っ青だったので、すぐに察してくれました。
帰る前に、培養士さんより、今回採れた卵子と精子の培養方法について説明がありました。
この場合、仮に夫の精子の状態が悪いと『顕微授精」といって、一つの卵子に対して一つの精子を直接送りこんで授精させる、という方法をとります。ちなみに顕微授精になると、追加料金が取られます。
今回夫の状態は良かったそうで、卵子に運動の良い精子を直接振りかけて、自然の受精を待つ、という一般の体外受精の方法をとることになりました。
帰宅後は、体力を使い果たして寝ていました。
でもなんだか落ち着かないです。
色んなかたにご心配頂いているので、なんとか今日あった出来事をご報告しようと、いまパソコンの前で頑張ってます。これが終わったらまた休みます。
明日のお昼、受精したかどうかの確認をします。
そこで受精していなければ、今回の治療は終わり……。
あんな大変な思いしたのに……。
夫の話しでは、待合室で待っている間続々と患者さんが帰っていったようで、勝手に色んな話しが耳に入ってきたそうです。
今朝一番に採卵した女性は、卵が一つも採れなかったそうです。
なので夫はわたしから二つ採れて良かったと言っていました。
わたしの分身、
夫の分身、
頑張って巡り会ってくれ〜〜。
頑張って育ってくれ〜〜。
明後日迎えにいくよ。
待っててね。
クリニックには9時まで来てくださいと言われていて、10分前には着きました。
到着後、女性だけの部屋に通され、カーテンで仕切られたベットのある個室に通されました。
病衣に着替えて、呼ばれるまでの間ベットの上でケータイをいじって遊んでいました。
夫も同行したのですが、夫は外のイスで待っていて、少し心細かったです。
わたしがベットでごろごろしている間、何人か女性が入って来ました。皆さん採卵です。
9時半を過ぎてから、看護師さんより一人ずつ声がけがありました。
トイレに行って、準備してくださいね。と。
わたしは4、5番目に呼ばれたような気がします。
いよいよ呼ばれて、一応トイレに行って用を足して、髪の毛をネットのような物でまとめて、手術室に進みました。
入り口で何度も氏名を確認され、履物を取り替え、真っ暗な手術室に看護師さんに付き添われ案内されました。
卵子は光に弱いらしいので、手術室の中明かりが少ししかないんです。
おお、とうとうきたか、という感じでビクビクしながら手術台にのぼり、足を開脚させられました。
先生が、
「まずは消毒するよ。緊張しなくていいからね」
この時点で、
(痛い、やめてくれ!!)
と思いましたが、わたしの思いと裏腹にどんどん手術は進んでいきます。
麻酔をかけていないので、痛みはダイレクトに伝わります。
「1、2、3でチクっとするよ」
と言われ、1、2、3で本当にチクッとしました。卵巣に針が刺さった瞬間です。
女性にしかわからないと思いますが、生理痛を鈍くした感じなので、生理痛だと思えば耐えられました。
吸い出された卵胞が、左側の天井付近にあるモニターに映しだされていました。
(あ〜良かった。卵あった。排卵してたらどうしようかと思った……)
少し安心しました。
その後ガーゼをグリグリと入れられ(これもまた痛かった)、身体を起こし下着を付けたあと、手術室の隣にある直接繋がった部屋で、いま採り出された自分の卵胞を見せてもらいました。モニターを拡大したものだったんですけれど。
モヤモヤ〜っとした膜の中に、ポツンと黒い粒が浮かんでいたように思います。
……なんか凄いわ。
……こんな経験なかなか出来ないわ。
……凄いわ。
感動したのと同時に、緊張から解放されたのでしょうか。
なんとわたしはその場で意識を無くしかけ、一人で立っていられなくなりました。
身体中から力が抜けて、手足からさーっと血の気が引いていくのがわかり、
先生の、
「車椅子持って来て!!」
という声の後は覚えていません。
看護師さんに寄りかかってしまって、呼吸も辛くなるは目を開けていられないはで、その後どうやってリカバリールームまで移動したのかよく覚えていないほどです。
先ほど着替えた部屋とは違う部屋に連れて行かれたみたいで、柵のあるベッドに足を高くして寝かされました。
血圧や脈を何度も計られ、意識が安定するまで、先生も二度も来てくださいました。
呼吸が落ち着かなかったので、鼻にチューブをつけ、酸素まで吸いました。
その間夫に連絡するすべはなく、待たせるのが申し訳ないなとずっと考えていました。
ちなみにわたしの卵子が無事採れた後、夫は『採精室』という部屋に通され、一人で頑張りました。こういうこと嫌がる旦那さんもいるだろうなと思いましたが、夫はどこまでも協力的でした。
普通は1時間ぐらい横になってから帰るそうですが、わたしは結局2時間半ぐらい寝かされていたみたいです。その日一番最後まで居残っていたようです。
帰る準備をしても足下がフラフラしていて、とにかくしんどかったです。
部屋を後にすると、ナースセンターの前に夫が座っていて、わたしが遅かったので少し暇を持て余していたのか若干顔が引きつっていました。
「倒れたんだよ。参ったよ」
と言うと、まさかそこまでなっていたとは知らなかったようで、びっくりしていました。
そのときもまだ顔色が真っ青だったので、すぐに察してくれました。
帰る前に、培養士さんより、今回採れた卵子と精子の培養方法について説明がありました。
この場合、仮に夫の精子の状態が悪いと『顕微授精」といって、一つの卵子に対して一つの精子を直接送りこんで授精させる、という方法をとります。ちなみに顕微授精になると、追加料金が取られます。
今回夫の状態は良かったそうで、卵子に運動の良い精子を直接振りかけて、自然の受精を待つ、という一般の体外受精の方法をとることになりました。
帰宅後は、体力を使い果たして寝ていました。
でもなんだか落ち着かないです。
色んなかたにご心配頂いているので、なんとか今日あった出来事をご報告しようと、いまパソコンの前で頑張ってます。これが終わったらまた休みます。
明日のお昼、受精したかどうかの確認をします。
そこで受精していなければ、今回の治療は終わり……。
あんな大変な思いしたのに……。
夫の話しでは、待合室で待っている間続々と患者さんが帰っていったようで、勝手に色んな話しが耳に入ってきたそうです。
今朝一番に採卵した女性は、卵が一つも採れなかったそうです。
なので夫はわたしから二つ採れて良かったと言っていました。
わたしの分身、
夫の分身、
頑張って巡り会ってくれ〜〜。
頑張って育ってくれ〜〜。
明後日迎えにいくよ。
待っててね。
進捗状況 [結婚生活]
先日のブログにもちらっと書きましたが、いよいよ不妊治療は体外受精へとステップアップしています。
4月15日より、卵子(卵胞)を増やすための薬を飲み始め、今朝でその薬は終わりました。
今夜は23時、23時半と、明後日の採卵(卵巣から卵胞を取り出すこと)に向けての最終作業、点鼻薬を使います。
わたしの通う病院は、なるべく自然に近い形で卵胞を取り出すのを信条としており、色んな薬を使ったり、お腹への連日にわたる注射などはしません。その分育つ卵胞も少ないので、少数精鋭での戦い(?)となります。
副作用はそんなにないはずと聞いているのですが、なんだか毎日疲れるし、食欲も異常にわいています。
最近の食欲はハンパなくて、去年の同時期より2キロ増えました。ヤバいです!!自己管理能力が足りません。
閑話休題。
採卵した後には、卵子と精子を合わせて受精させるわけですが、受精も100%するわけではありません。
上手く受精しても、細胞が分割していかないと、お腹の中に受精卵を戻す『移植』ということが出来ません。
段階を進めていくたびに、「ここまではクリアー出来た」とか「この先無事進むんだろうか」と考えてしまいます。
毎日毎日ドキドキです。
今回治療を進めるにあたり、義父母から多額の援助を受けました。
というより、義父母より援助の申し出があったからこそ、治療を進めることが出来ました。
義父母は孫を作ることを強制しているわけではなく、子供を望んでもなかなか出来ないことを、わたしたち夫婦が気にやんでいると思って、遠慮せずに頼りなさいと言ってくださいました。
ありがたい話しです。
夫も、親に頼るのは本当は嫌だったようですが、いまは前向きに二人の治療に臨んでいます。
明日の15時半に病院に電話して、正式な採卵の時間が決まります。
採卵は、無麻酔で卵巣に針を刺すそうなので、正直いまからびくびくしています。
もうまな板の上の鯉です。
どんとこーい!!
4月15日より、卵子(卵胞)を増やすための薬を飲み始め、今朝でその薬は終わりました。
今夜は23時、23時半と、明後日の採卵(卵巣から卵胞を取り出すこと)に向けての最終作業、点鼻薬を使います。
わたしの通う病院は、なるべく自然に近い形で卵胞を取り出すのを信条としており、色んな薬を使ったり、お腹への連日にわたる注射などはしません。その分育つ卵胞も少ないので、少数精鋭での戦い(?)となります。
副作用はそんなにないはずと聞いているのですが、なんだか毎日疲れるし、食欲も異常にわいています。
最近の食欲はハンパなくて、去年の同時期より2キロ増えました。ヤバいです!!自己管理能力が足りません。
閑話休題。
採卵した後には、卵子と精子を合わせて受精させるわけですが、受精も100%するわけではありません。
上手く受精しても、細胞が分割していかないと、お腹の中に受精卵を戻す『移植』ということが出来ません。
段階を進めていくたびに、「ここまではクリアー出来た」とか「この先無事進むんだろうか」と考えてしまいます。
毎日毎日ドキドキです。
今回治療を進めるにあたり、義父母から多額の援助を受けました。
というより、義父母より援助の申し出があったからこそ、治療を進めることが出来ました。
義父母は孫を作ることを強制しているわけではなく、子供を望んでもなかなか出来ないことを、わたしたち夫婦が気にやんでいると思って、遠慮せずに頼りなさいと言ってくださいました。
ありがたい話しです。
夫も、親に頼るのは本当は嫌だったようですが、いまは前向きに二人の治療に臨んでいます。
明日の15時半に病院に電話して、正式な採卵の時間が決まります。
採卵は、無麻酔で卵巣に針を刺すそうなので、正直いまからびくびくしています。
もうまな板の上の鯉です。
どんとこーい!!
価格表示の怪 [考える]
ステップアップ [夫婦のこと]
前記事にniceやコメントをくださった皆様、ありがとうございます。
感謝・感謝です。
今日はこちらは朝から雪がちらついていて、雷も時々鳴っています。
もう春だというのに、とても陰鬱な空模様です。
夫は出張のため、今朝一番の飛行機で横浜に行きました。
2泊3日の出張ですが、明日は妹が我が家に泊まりにくるので、淋しいのは今晩だけです。
お土産も沢山リクエストしてあるので、出張万歳、かな?^^;
さて、そんなわたしたち夫婦ですが。
相変わらず子供には恵まれません。
こればかりは授かりものなので、どれだけ望んでも叶わないこともあると思います。
研究者の夫としては、『出来ないメカニズム』が気になって仕方ないようで、どうしても科学で解明したいようでした。
原因は必ずある、と思っているようです。
でも、大多数の不妊は、原因不明不妊らしいです。
なんだかんだありましたが……、
わたしたち、体外受精にステップアップしてみることにしました!
昨日、県下でも有名な不妊治療専門のクリニックに、説明を聞きに行ってきました。
高額な診療になるため、おそらく回数はこなせないと思います。
取り敢えず(この言い方は良くないかもしれませんが)一回試してみよう!ということになりました。
具体的な治療は、次の月経が始まってからになります。
これからどんなことが待ち受けているかはまったくわかりませんが、焦らず、急がず、ゆったりとした気持ちで、少しずつ前に進んでいきたいと思います。
感謝・感謝です。
今日はこちらは朝から雪がちらついていて、雷も時々鳴っています。
もう春だというのに、とても陰鬱な空模様です。
夫は出張のため、今朝一番の飛行機で横浜に行きました。
2泊3日の出張ですが、明日は妹が我が家に泊まりにくるので、淋しいのは今晩だけです。
お土産も沢山リクエストしてあるので、出張万歳、かな?^^;
さて、そんなわたしたち夫婦ですが。
相変わらず子供には恵まれません。
こればかりは授かりものなので、どれだけ望んでも叶わないこともあると思います。
研究者の夫としては、『出来ないメカニズム』が気になって仕方ないようで、どうしても科学で解明したいようでした。
原因は必ずある、と思っているようです。
でも、大多数の不妊は、原因不明不妊らしいです。
なんだかんだありましたが……、
わたしたち、体外受精にステップアップしてみることにしました!
昨日、県下でも有名な不妊治療専門のクリニックに、説明を聞きに行ってきました。
高額な診療になるため、おそらく回数はこなせないと思います。
取り敢えず(この言い方は良くないかもしれませんが)一回試してみよう!ということになりました。
具体的な治療は、次の月経が始まってからになります。
これからどんなことが待ち受けているかはまったくわかりませんが、焦らず、急がず、ゆったりとした気持ちで、少しずつ前に進んでいきたいと思います。
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